要素還元主義(デカルト)
Elemental Reductionism
デザインとは要素を再配置することでそれら諸要素の機能を全体として高めることだと定義できる。こうした機能主義の有機論は、ある種の機械論と手を携えて発展してきた。複雑な状況は単純な諸要素に分解可能であり、それらの諸要素を適切に組み合わせることで当の状況を完全に認識し再現できるというのがそれである。こうした哲学的な前提は要素還元主義と呼ばれ、その起源は一般に17世紀の哲学者ルネ・デカルト(René Descartes, 1596-1650)に求められる。
デカルトは『方法序説』(1637)において、ものごとを正確に認識する方法(論理学)として4つの規則を挙げている。一つ目の規則は、「明晰・判明 claire & distincte 」である。明晰とは、たとえば私の目の前にいま机があるというように、対象が意識にありありと現れており、その現前を疑う可能性がもはや存在しないといった明瞭さを指している。そして判明というのは、ある要素が他の要素の影響を受けずにそれだけで独立して意識に現前している状態を指す。こうした明晰・判明さの水準は、他者から聞いたり本から教わったりする伝聞的知識(先入見)によっては達成しえない。
ではそうした現前を獲得するにはどうすればよいだろうか。その手段としてデカルトは2つ目の規則「分割 diviser 」を挙げている。複雑な状態を形成している対象を一挙に認識することはできないから、問題が生じない程度にまでその対象をできるだけ分割する必要があるとデカルトは言う。明晰さは認識主体が他者との交流から切り離されていること、判明さは認識客体が他の客体との連合関係から離脱していることを要求する。分割の操作を経ることで、もっとも単純な要素ともっとも単純な意識との、それ自体もっとも単純な対向関係が理念的に実現する。この単純な知覚がすべての認識の基礎となる。
次にデカルトは3つ目の規則として「順序の想定」を導入する。対象をもっとも単純な諸要素へと還元するとき、それら諸要素はそれぞれ一つの独立した個物となるから、それら相互の関係性はもはや存立しえない。そこでデカルトは、当初の対象を再構成するためには、それら要素相互の「順序 ordre 」を思考が「想定 supposer 」しゆくほかないと考える。その想定の手続きは、階段を上りゆくように、もっとも単純なものから始めてより高次のものへと進み、複雑な対象を再構成するに至る。
第四の規則が「枚挙」である。対象の要素すべてに適切な手順が適応され、それら要素の唯一つにも取り落としがないことを一つ一つ再確認するのがこの最後の「見直し revue 」の操作である。
デカルトが言うこの4つの規則は、権威や伝承によらず、経験による実証を基にした新たなテクスト形成のあり方を示すものと解釈できる。理性は複雑な世界を要素に還元し、完全に認識された諸要素をいわば数珠つなぎのように線状(一次元的)に再配置することで、世界をテクストへと還元しようとした。いまやテクストは世界と意識が完全な平行関係を取るいわば透明な媒体であり、伝承や権威にもとづく旧来のテクストを排除して新たなテクストをデカルトは再構築したといえる。
以上のような媒体の透明性は『幾何学』において二次元的な展開を見せる。そこでデカルトは、幾何学的な図形を代数的に表現できる座標空間を提示した。のちにデカルト空間と呼ばれるこの座標空間は線状の秩序を直交的に組み合わせるかたちで構成されており、点としての要素とそれら要素間の関係を意識に対して明晰・判明、かつ精密に規定し、正確に計算しうることを特徴とする。デカルトにとってはその座標空間上に正当に(延長的に)表現できる「もの」のみが実体である。しかもその空間は、もう一つの実体である思考する「精神」によってのみ支えられる。これがデカルトの物心二元論である。
以上のようなデカルトの要素還元主義は、十七世紀の科学革命を支える前提を哲学的に表現するものであった。そこにおいて学問的認識は一部の特権的な人々の特殊な能力ではなく、単純な認識の規則を淡々と遵守するごく普通の人々の「良識」において達成しうるものとなる。
十九世紀以降、認識を可能にする「4つの規則」は、製品の設計図を描き、部品をラインで組み立てて製品化する工業的生産の原則へと応用された。精密に複製された単純な部品を定められた順序に従って組み立て、それを再検査するという手順に従うならば、自動車のような極めて複雑な製品といえども、知性と理性を備えるごく一般的な工業労働者の手によって、いくらでも精密に複製可能となる。
デザインはルネサンスにおいて製品(作品)の下図を合理的に描写するディゼーニョから発した。20世紀に至ってデザインは、実証主義的な諸科学と結びつき、対象とそれをとりまく状況を正確に認識し、それにもとづく精密な計画図面を立案し、製品の効果を科学的に評価するという実証主義的展開を実現する。デカルトの要素還元主義は、そのような20世紀型の工業デザインとそれをめぐる「ふつう」の人々の活動を支える公共性の基礎として機能している。
(古賀徹)