第6回デザイン基礎学セミナー『意味のイノベーションにおけるコンテクストの重要性』
ソリューションとしてのアイデアがあふれるようになった現在、新たな意味を見出すことの重要性が増している。学習とコミュニケーションの仕組みと帰結について複雑系科学、脱植民地化、経営学を横断的に研究した知見を踏まえると、デザイン・ドリブン・イノベーションとして知られる「意味のイノベーション」の実現プロセスは、個人が捉えるコンテクストや社会的なコンテクストをいかに活用するかを鍵としていることがわかる。
講師
本條 晴一郎 Seiichiro Honjo
静岡大学学術院工学領域准教授。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。博士(学術)。創造性とコンテクストを研究するボトムアップ志向の研究者。聴覚系の数理科学研究の後、脱植民地化研究を経て経営学へ転身。論文に「多様性のマネジメント~無印良品のクラウドソーシング~」『マーケティングジャーナル』 (共著, 2011年)、「ハラスメントの理論」『東洋文化』 (2009年)他。数理科学と経営学の両方で学会賞を受賞。
田村 大 Hiroshi Tamura
株式会社リ・パブリック共同代表。東京大学i.school共同創設者エグゼクティブフェロー。九州大学客員教授、北陸先端科学技術大学院大学客員教授を兼任する。デザイン思考のパイオニアとして知られ、現在は、国内外の産学官民を結んだ数々のオープンイノベーションのプロジェクトを企画・運営し、新たな「イノベーション生態系」のあり方を模索する。主な共著に『東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた』(早川書房)。
日時
2019年3月15日(金)16:30-18:30
会場
九州大学大橋キャンパス デザインコモン2F
レビュー
ハラスメントとは「コンテクストを強要する」ことである。たとえば、おまえは馬鹿だなというテクストは、それが発話される状況、つまりコンテクストによって侮蔑にも、親愛のメッセージにも、勇気をたたえる賞賛の言葉にもなる。相手が嫌がっているのに、これは親愛のコンテクストなんだ、「プロレス」なんだ、おまえのことを思って言っているんだ、というのはコンテクストの押しつけである。ハラスメントとは、コンテクストを設定する権利を相手から奪い、自ら設定したコンテクストに力づくで従わせることにほかならない。
これに対してデザインはハラスメントを免除すると本條さんはいう。というのもデザインとは、予期せぬコンテクストのうちで、積極的に新しい意味を生み出す行為だからだ。デザインとは、コンテクストを設定する権利を他者と自己に保証し、むしろ推奨するものにほかならない。これを本條さんは、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティの言葉を用いて「批判」と表現する。テクストの意味は「批判」、つまり批評によってコンテクスト化され、イノベートされる。新しい意味を生み出し続けるこのプロセスこそがデザインなのである。
植民地主義が、宗主国の文化のコンテクストを被支配者に押しつけ、被支配者が発するメッセージをすべて自国文化のコードによって解釈し、価値づける行為であるとすれば、デザインは脱植民地化のプロセスとなる、と本條さんは言う。脱植民地化のプロセスは、支配された人々が、自分の身体反応、つまり「情動」にもとづいて、コンテクストを設定する自分の権利を死守することから始まるのである。
自分の作品や表現が他者の自由な解釈にさらされることを恐れ、それを自分のコンテクストに事前に囲い込もうとすることを、本條さんはガンジーの言葉を用いて「臆病」と表現する。これに対して、新しい意味を引き受け、それに事後的に対応する覚悟は「勇気」と呼ばれる。
デザインとは「勇気」を奨励する関係性、つまりさまざまなコンテクスト化の可能性を豊かに育む土壌においてはじめて生育する。多数派に対抗して独りでアイデアを発想し、それを信頼できる人々と共有し、自分のコンテクストを固めていく。それは勇気である。そしてそののちに、それを他者の視線にさらし、そこで生じる新たな意味を引き受け、自分のアイデアを鍛えていく。これもまた勇気である。育まれたその土壌こそ、デザイン文化というものなのだと思われる。
(古賀徹)


