第8回デザイン基礎学セミナー『純セレブ・スピーカーから見た科学技術文明の根本問題』
スピーカーユニットを、ダンボール箱にセットして新聞紙を詰めると、思いもかけない素晴らしい音がした。この発見から純セレブ・スピーカー(BioSpeaker)の開発は始まった。百数十年の歴史を持つ完全な成熟産業に起きたこのイノベーションは、科学技術文明の巨大な遍在する盲点を明るみに出した。
講師
片岡祐介(音楽家)
既成の楽器だけではなく日用品なども使って、あらゆる場所や人と共演する音楽家。独学で演奏を始め音大に入るが、お稽古事の世界に耐えられずドロップアウトした後、商業的なスタジオミュージシャンを経て、現在は障害者施設や高齢者施設などで即興音楽セッションや歌作りの活動をおこなう。
安冨歩(東京大学東洋文化研究所教授)
京都大学卒業後、銀行勤務を経て、京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。博士(経済学)。現在は東京大学東洋文化研究所教授。2013年から「女性装」を始める。執筆や講演活動のほか、絵画、音楽などの幅広い分野で活動。
日時
2019年5月27日(月)16:30-18:30
会場
九州大学大橋キャンパス デザインコモン2F

レビュー
くしゃくしゃに丸めた新聞紙をコピー用紙の段ボール箱に入れて小さな穴を開け、ケーブルのついたスピーカユニットをその穴に乗せる。ただそれだけでセレブ・スピーカーの完成である。そしてそのスピーカーユニットは、驚くほど生々しい音で鳴り響く。
その秘密を東京大学の安冨歩さんは「神秘」だという。科学でわかっていることなどこの世にほとんどない。なにより科学が用いている論理それ自体、なぜそれが正しいのかを科学は説明できない。それはヴィトゲンシュタインがいうところの「語り得ないもの」に属し、それゆえ神秘なのである。人間はその不可知の海のただなかで生きており、その上に技術を成立させている。だがこのことを忘れて、あたかも説明できないものなどどこにもないかのように、自然や事物、そして自分自身を制御しているつもりになっている。
そうした説明を安冨さんが繰り広げているとなりで、音楽家の片岡祐介さんがユニットを楽しそうに組み立てていく。そのユニットで彼は、子どもたちの鼻歌ソングを再生する。それはいままで聴いたことがないような、それでいてどこかで聞いたことがあるような、そんな懐かしい音楽だ。コード進行など無視する音の運行がなぜ音楽になるのか、その神秘を感じさせるのである。
環境を埋め尽くす制御されたものたちは、「神秘などない、神秘などどこにもない」というメッセージを発しつづけ、そこに住む人々を窒息させている。だが、そうやって作られた既製品を読み替え、思いもかけないかたちでつなぎ合わせるときに、その接続のただなかにもう一度、「神秘」が湧き出してくる。そんな出会いや接続は、人々を自由にし、息を吹き込む。それがおそらく正しい意味での技術であり、デザインなのだろう。
その神秘に感じ入る人は、二人によれば「純セレブ」である。スピーカーはそんな純セレブたちに対して、生きて存在している。なぜならそれは、手段として制御されたあり方から解放されて、段ボールや新聞紙たちと複雑に共鳴しあい、新たな振動をジェネレイトし、独立して鳴り響いているのだからである。片岡さんによれば、音楽というのは軽いものである。人を軽くする技術こそ、生きた技術なのである。
(古賀徹)



