第4回デザイン基礎学セミナー『Vision Driven: 妄想からスタートする』
集団としての創造力を発揮する共創の環境が整ってきた今だからこそ、個人としての独創の力 をより引き出すことが求められている。ヴィジョンを駆動するイノベーションとはどのようなものか。そしてそのためのアート思考とは。戦略デザインファーム BIOTOPE の実践を中心に、 デザイン思考の最前線についてお話を伺いました。
講師
佐宗 邦威 Kunitake Saso(株式会社BIOTOPE CEO兼Chief Strategic Designer. 京都造形芸術大学創造学習センター客員教授)
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修士課程修了。P&G、ヒューマンバリュー社を経 て 、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラムの立ち上げなどに携わった。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意とする。現在、株式会社BIOTOPEでCEO兼Chief Strategic Designer。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。
田村 大 Hiroshi Tamura
株式会社リ・パブリック共同代表。東京大学i.school共同創設者エグゼクティブフェロー。九州大学客員教授、北陸先端科学技術大学院大学客員教授を兼任する。デザイン思考のパイオニアとして知られ、現在は、国内外の産学官民を結んだ数々のオープンイノベーションのプロジェクトを企画・運営し、新たな「イノベーション生態系」のあり方を模索する。主な共著に『東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた』(早川書房)。
日時
2018年12月3日(月)16:30-18:30
会場
九州大学大橋キャンパス デザインコモン2F
レビュー
ひとや企業を動かす最大の動力は利益でなく惰性だ、そうした言葉に反論できない状況がある。惰性の生活のうちに生じてくる細かな問題をただ潰していくことを、「改善」だの、「問題解決」だの、「仕事」だのと呼んでいくうちに、自分が回すその回路自体に押しつぶされていく。惰性のうちにあるときひとは、みずから創造的であることを恐れて、むしろ創造的であろうとする人々の足を引っ張る。「それはリスクだ」、「それは理解されない」、「わかりにくい」との言葉を発して。そうしたことを続けるうちに、妄想を抱く力それ自体がもはや衰えきっていく。
その負のスパイラルのどこかに転轍点を見つけ出し、それを別のサイクルへと切り替えていくことが、佐宗さんの仕事である。ひとりひとりの小さな妄想から、みんなで共有できる未来構想を立ち上げ、実現可能な社会的文脈を探り、実現への道筋を見定めて社会のうちに構造化していく。そうしたサイクルを回してゆけば、妄想を抱く力もまた息を吹き返し、「クリエイティブであることへの恐れ」もまた克服できる、それこそが Vision Driven Innovation なのである。佐宗さんによれば、「アート思考」とはそうした個人の創造性を回復させ、一人一人の生活を楽しくするプロセスのことなのである。
ひとびとの小さな「妄想」が「非現実的」だと切り捨てられ、放置され、衰えていくのは、それを「現実」と結びつける回路が存在しないからである。だからこそ、佐宗さんは妄想と現実との橋渡しこそが、妄想力そのものを育てるために決定的に重要なのだと考える。その橋渡しの作業をデザインと呼ぶとすれば、デザインは妄想の能力としての「アート」を支えうる。デザインがアイデアを具体化し着地させることだとしたら、それなくして「アート」もまたあり得ない。
ヴィジョンを抱くことは、具体的な「あるもの」に対抗して、「ないもの」のうちへと赴こうとすることである。その「ないもの」の味方になってくれるのは、検証でも実験でもアンケートでもない。しかしその「ないもの」を「あるもの」にする能力なくしては、「ないもの」はずっと「ないもの」であり続け、いつかほんとうに「ないもの」になっていく。アート&デザインというものがあるとしたら、それはそうした「ないもの」の可能性を擁護する結びつき以外にありえないのである。
(古賀徹)


