第11回デザイン基礎学セミナー『デザイン図書館というデザイン』
テクノロジーの発達とともに、我々を取り巻く情報環境はもとより、「情報」という概念そのものが大きく拡張しつつある今、「高次のデザイナー」を支援する図書館はどうあるべきか?
このセミナーでは、海外の大学図書館に関するトレンドや事例を通して、誰もがクリエイターになり得る時代の大学図書館のありかたを考えます。
講師
市川文子(株式会社リ・パブリック共同代表)
株式会社リ・パブリック共同代表。慶応義塾大学大学院修了。ノキア社にて約10 年間UX・エキスパートとして実態調査の設計とディレクション、端末づくりを手がけた後、株式会社博報堂イノベーション・ラボを経て現職。豊富なリサーチ経験を元にイノベーションの生態系の研究と実践を手がける。
増井尊久(丸善雄松堂株式会社Research & Innovation 本部ソリューション開発部企画開発担当課長)
丸善雄松堂株式会社Research & Innovation 本部ソリューション開発部企画開発担当課長。シカゴ大学大学院修了。卒業後は日本でデジタルアーカイブの商品開発に従事。現在はファブスペースを中心に、図書館利用者または学習者を情報のクリエイターとして支援する学習空間の構築に取り組む。
日時
2019年10月21日(月)16:30-18:30
会場
九州大学大橋キャンパス デザインコモン2F

レビュー
デザイン図書館というテーマの背後には、知識をめぐる考え方の大きな転換が潜んでいる。知識とは、すでに存在する情報を静かに取得したものではなく、いまや創造的活動のなかで生み出され、その創造性を支えるかぎりの生きたものである。
ソクラテスが「善く生きること」を目指すかぎりのものを知と呼んだように、増井さんにとって、「クリエイティブに作る」過程のうちにあるものが知なのである。だからその習得とはいつも「クリエィティブ・ラーニング」以外のものではない。
知識とは「制作する活動(ポイエーシス)」と一体である。昨今の図書館のうちにファブスペースが導入されたり、アーカイブや展示の機能が求められたりするのも、まさにこの知行一致の文脈においてのことである。だとすれば知識とは、決して本の中に潜んでいるのではなく、まさに活動する人間の身体のうちに、つまり生きて創造し発言するその身振りとしてのみ存在することになる。図書館はまさに活動する身体をいわば蔵書としなければならず、だとすれば「図書館とは本ではなく人である」、ということになるはずだ。
増井さんは、今日拡大するデザインの活動領域のうちから、人と物にかかわる三つの領域を取り出して論じる。一つは、手と身体による実体的な工作の場所であるメイカー・スペース、二つ目はコンピュータを用いたプログラミングの場所であるハッカー・スペース、最後はその両者を橋渡しする領域である。これらの領域をまとめてファブ・スペースと呼ぶとすれば、この活動領域はいまやデザインの主要な部分を構成している。
これらの領域は、展示されること、つまり他者に見られ、影響を与えることを最終的な目的としている。作品や制作が他者に見られているという意識は、学生や教員のモチベーションを大きく向上させると増井さんは言う。なぜならそのとき、制作活動はすでにプライベートではなく、パブリックになっているからである。20世紀の哲学者であるハンナ・アレントによれば、人々が集まる場所で、他者に見られることを意識してなされる行為こそ、「活動 action 」の名で呼ばれるのである。
そこで市川さんは、この三つの領域に都市を付け加える。ひとりひとりが善く生きようとすれば、その活動は当然のことながら人々が住む都市(ポリス)へと波及するだろう。市川さんは、自動車を都心から排除したバルセロナのスーパー・ブロックの実践を紹介する。そこでは、自動車をブロックして生まれた空間を今度は別の人が引き継いで児童遊園にしたり、のみの市や、アウトドアシネマを開催したりする。デザインはたとえひとたび挫折しても、次の誰かがそれに手をかけ、予想不可能なそのプロセスは決して完結しない。このように引き継がれることで、善き生を想像する個々人の力は「パブリック・イマジネーション」となると市川さんは言う。
こうしてデザインは、市民たちが善きあり方を次々と引き継いでいく政治(ポリティクス)へと移行する。その過程は、市川さんによれば、何か特定の目標を実現する手段ではない。そこで生きる人々は、実験と試行錯誤を安心して繰り返すことができるホームグラウンドとしてそれを実感するのであり、そうした「エイブル・シティ」を実現し、そこに愛着を持って住むこと自体が目的となるのである。
だとすれば都市における図書館の任務とは、デザインの試行錯誤を支え、その成功と失敗の過程を記録し、次の試行錯誤に対して準備を整えること、つまり人々の「イマジネーションの誘発」の連鎖を維持することにある。図書館それ自体もまた、様々な人々の手によって引き継がれ、それ自体クリエイティブに形成されていくのだと思われる。
(古賀徹)


