2021.11.30

第21回デザイン基礎学セミナー『土地に根差す知恵とデザイン方法論』

持続可能性のためのデザインは、人間が基本的に必要とするものを自覚し直すことから始まる。チリの経済学者、マックス゠ニーフが示唆するように、人間のニーズは普遍的で限られたものである。南アフリカの先住民族への参与観察をもとに、その土地の人々の知恵を取り入れた新たなデザインのありかたについて議論する。

招聘講師

ケネイルウェ・ムニャイ Keneilwe Munyai (ケープタウン大学/Human Centered Design Consultant)

専門は、人間中心主義デザインおよびデザイン思考。ケープタウン大学などで教壇に立つ。様々な文化から異なった知見を得ながら、大学や企業、NGOと共に、アフリカ大陸の各地でイノベーションや問題解決のためのデザイン実践に取り組む。

日程

2021年5月25日(火)開場 17:20 開演17:30

会場

オンライン(Zoom)

レビュー

ムニャイさんは、南アフリカ共和国ケープタウン市を拠点とし、さまざまな国際機関・民間機関と共同しながら、アフリカ大陸のさまざまなプロジェクトで主導的な役割を果たされています。彼女のデザインの中心にあるのが、「土地に根差した知恵 indigenous knowledge 」という概念です。この概念は、チリの経済学者であるマンフレッド・マックス゠ニーフの思想と融合し、独特のデザイン理念を形作っているように思われました。

マックス゠ニーフは、その著書『人間を尺度とした開発Human Scale Development 』(1991)において、人間は9つの「必要 needs(生存、保護、情愛、理解、参加、余裕、創造、自己同一性、自由)」をもち、それは文化に依存せず人間に普遍的なものだと論じました。しかも彼によれば、必要はたんなる欠乏ではなく、それを充足するにあたって人々を力づけ、能力を発揮させる資源でもあるのです。「必要を充足する手段 satisfier 」を考案し、それを現実化するとき、人々は協力し合い、共同体や文化を立ち上げ、自然や道具との関係を現実化する、というわけです。

マックス゠ニーフによれば、ニーズの「充足手段」を組織するにあたって初めて役に立つものが「経済的商品 economical goods 」ということになります。たとえば生存や保護というニーズを満たすためには、その充足手段として周りの人々と協力し合い、生き生きと生活できる安定した居住関係を集合的に組織しなければならず、それを組織するための一つの要素として家というハードウェアがあるわけです。ところがひとは、誤ってその最後の要素である家自体を自己のニーズだと勘違いし、それを自分個人が市場で手に入れさえすればニーズが満たされると思い込む。この勘違いが、現代社会の病理を作り出しているとマックス゠ニーフは論じます。

ムニャイさんは、マックス゠ニーフのいう経済的商品ではなく、その手前の「充足手段」を組織することを根源的な意味でのデザインととらえているように思いました。したがってデザイナーとは、商品を審美的に仕上げその市場価値を高めるのではなく、人々がそのニーズを真に充足し、安定した暮らしを営めるように、適切な充足手段を社会的に組織する職能を意味するのです。

当然のことながら、人々が暮らすその場所、暮らし方とその文化、その自然と歴史において充足手段が効果的に機能するためには、それは土地に根差していなければなりません。そこに暮らす人々はいうなればその点で、外からやってきたデザイナー以上に「専門家」なのです。デザイナーはローカルな場所に蓄積された知識を学びながら、その「専門家」たちと共同してデザインを仕上げていくことになります。

考えてみるならば、開発援助における植民地主義とは、ニーズとグッズの混同によりもたらされるのだと言えそうです。生存や保護というニーズは人類共通でも、その充足の仕方は土地によって千差万別であり、そこで必要とされるグッズもその場その場で全部違ってくる。にもかかわらず、たとえば、ケープタウンで人々が住むことに事欠いていれば、同一の規格化された高価なプレファブ住宅を「西側」が大量にそこに持ち込むというように。

ムニャイさんは、土地に根差したデザインの例として、南アフリカ共和国の建築家たちによる「砂袋の家」というプロジェクトを挙げました。200万人以上の人々が一部屋だけの小屋に暮らしている現状に対して、砂にあふれる自然環境に生きる地元のコミュニティの人々が、たがいに力を合わせて砂袋に砂を詰め、それを金属フレームの内部に積み上げ、その上を漆喰で塗り固めて家をつくっていくというものです。外部からたんにモノを与えられるのではなく、地域に合った自分たちの暮らしを自分たちの力で作り上げていくところにこのプロジェクトの特徴があり、それは、安全や保護だけではなく、情愛、理解、参加、余裕、創造、自己同一性、自由といったニーズをも複合的に満たしうるものだったのです。

ムニャイさんはこうしたデザインの価値を「集合的効率 collective efficiency 」と呼んでいました。効率とは、無駄を省き他を排除して個が達成する競争の指標ではなく、まさに様々な他が重なり合い、それと協力して発揮される総合的な効果のことであり、それに参加するのがデザイナーなのだと、ムニャイさんの力強い話を伺いながら私は納得したのでした。

(古賀徹)

Keneilwe Munyai
古賀徹