システミック・デザイン
Systemic Design
一般的にデザインは問題解決を目的とする行為だと認識されてきた。しかし、そのアプローチの仕方によっては、逆に問題を悪化させたり、新たな問題を生んでしまうことにもなる。表面的な問題症状にではなく間接的な影響関係をも考慮したうえで、社会システムそのものにアプローチする必要がある。
例えば、ホームレス問題を扱う場合、ホームレスの人々が身を守れるシェルターをデザインすることで問題は解決されるかのように思える。しかし、人々がホームレス化してしまう背景には、雇用制度の問題、家族関係の崩壊、ギャンプルや薬物への依存の問題といったような更に別の課題群がある。そのため、人々をホームレス化させる社会構造そのものにアプローチしない限り根本的な解決は望めないのである。シェルターを提供することは、一時的にホームレスの人々の姿を街から消し去り、人々のホームレス問題への関心を削ぐことにつながる。その結果として、ホームレスの増加という予期せぬ結果を招いてしまうことにもなる。単純な因果法則に則ったデザイン方法では社会の複雑さを充分に扱うことはできないのである。
社会課題をはじめとした複雑な対象をデザインが扱うようになるにつれて、その複雑さにどう対処すべきか模索が重ねられてきた。例えば、2016年にドン・ノーマンらは、複雑な社会技術システムへのデザインアプローチを「デザインX」となづけ、課題を小さな規模のモジュールに分割し、漸進的にそれらを克服する方法を提唱した。さらに年代を遡るならば、課題の当事者を含む様々な観点を持つ人々の協働のうちに、有意な合意点をうみだすコ・デザインや、市民が主体となり社会変容のためのインフラを築くソーシャルイノベーションのためのデザインもまた、複雑な社会的課題に対処するための方法として発展してきたものといえる。課題の持つ複雑さは社会課題に限定されない。例えば原材料の調達や製造に関わる地球環境への影響や労働者の人権といった社会的観点を含めると、商業的な問題であっても複雑な対象となる。そうした観点は、今後のサービスデザインとも関係が深い。
こうした社会システムを対象としてきたのが、「システム思考」である。システムダイナミクスからの影響を受け、1970年代〜80年代にピーター・センゲやドネラ・メドウズらにより形づくられた。システム思考では、構成要素間の相互作用から生ずるシステム全体の振る舞いに注目することで社会構造を理解し、ステークホルダー間の対話を活性化させる。それにより、少ないリソースでより大きく持続的な成果をもたらす介入場所である、レバレッジポイント(Leverageはテコの作用を意味する)を見出すのである。またシステム思考は、マインドセットレベルでのより深い変容を期待するもので、その後オットー・シャーマーのU理論をはじめ組織論や社会変革のための理論へも発展してきた。
システミックとは、包括、全身、全体への浸透を意味する。社会の複雑さを扱うことに長けてきたシステム思考をデザイン方法へと援用することで、長期的・副次的な影響関係を考慮したうえで、問題を生じさせている社会構造そのものにアプローチするデザイン方法である。より広い範囲のステークホルダーと協働し、課題を出現させている構造を可視化し、議論を重ね、連携のうちに対象とすべきシステムやマインドセットに働きかける。電車の運行システムなどのいわゆる工学的なシステムデザインとは異なり、既存の社会システムを単純に考慮することにも留まらない。システミックデザインには、社会システムそのものの移行を促すシステム・シフティングデザインの側面が強い。
英国王立技芸協会(RSA)は2017年にFrom Design Thinking to Systemic Changeと題したレポートを出し、システム変革を推進するためにはデザイン思考だけでは不十分であり、システム思考がそれを補完する必要性を指摘した。また、英国デザインカウンシルは2021年にBeyond Net Zero/A Systemic Design Approachと題した報告書で、気候変動に対峙するためにはデザイン方法の根本的な変更が必要であるとしたうえで、システミックデザインフレームワークを発表し、2024年にはその実践を支えるSystemic Design Toolkitを公表した。デルフト工科大学をはじめ、デザイン教育の現場にも取り入れられている。こうした国際的な流れを学術的に下支えしてきたのが、2018年に組織されたSystemic Design Associationである。2012年から開催されている国際会議Relating Systems Thinking and Design(RSD)では、実践者や研究者が集い議論を重ねている。ピーター・ジョーンズらによる『システミックデザインの実践』をはじめ、様々なツールが提供されてきたこともこの分野を理論に留まらず実践へと結びつけてきた要因である。
国連開発計画(UNDP)は、2019年から2021年にかけてアジア太平洋地域各国でグリーンエコノミーへの社会移行を促すためのシステム変革推進プロジェクトなどを行ったほか、カザフスタン・アルマトイ市は、大気汚染問題に住民や政府機関の多様なセクターとの連携のうちに取り組むなど、システミックデザインを実践している。これらのプロジェクトでは、複数の介入策をステークホルダーや変容段階に応じて戦略的に構成する「ポートフォリオアプローチ」を併せて用いることで、長期間を見据えたシステム移行が模索された。UNDPとも協働する、国際NGOのDark Matter Labsが進める「インフラストラクチャーとしての街路樹(Trees As Infrastructure, 2020)」では、これまで土木的要素としか捉えられてこなかった街路樹を、水害軽減、生物多様性への貢献、精神衛生への寄与など、多面的に捉えなおすことでそれぞれに関係するセクターから関与や資金を得ることを可能にし、より持続的でグリーンな都市環境を実現しようとしている。
他方、社会システムは極めて複雑であり、完全に把握することもコントロールすることもできない。社会は機械システムではなく、動的で自己生成的なリビングシステムである。システミックデザインに必要とされるのは、多様なレベル・属性のステークホルダーが関係的な観点から協働するための基盤を作ることであり、デザイナーが外部からシステムを制御することではない。システムを変えるのはシステムを構成する人々の行動変容や働きかけである。そうした観点からはデザイナー自身もまた複雑なシステムの一部であることに気付かされるだろう。
システミックデザインは、過度なユーザー中心主義や、課題に対する単線的なアプローチ、限定的なステークホルダー、短期的な時間軸など、これまでデザインが有してきた前提それ自体を問い直す側面を併せ持つのである。
(水内智英)
参考文献
- デイヴィッド・ピーター・ストロー(2018)『社会変革のためのシステム思考実践ガイド──共に解決策を見出し、コレクティブ・インパクトを創造する』小田理一郎監訳、中小路佳代子訳、英治出版
- ドネラ・H.・メドウズ(2015)『世界はシステムで動く──いま起きていることの本質をつかむ考え方』枝廣淳子訳、英治出版
- ピーター・ジョーンズ、クリステル・ファン・アール(2023)『システミックデザインの実践──複雑な問題をみんなで解決するためのツールキット』武山政直監修、高崎拓哉訳、ビー・エヌ・エヌ
- Birger Sevaldson (2022), Designing Complexity: The Methodology and Practice of Systems Oriented Design, Common Ground Research Networks.
- Cat Drew, Cassie Robinson and Jennie Winhall (2021), System-Shifting Design: An Emerging Practice Explored, Design Council.
- Conway, Rowan, Jeff Masters, and Jake Thorold (2017), From Design Thinking to Systems Change. How to invest in innovation for social impact, RSA Action and Research Centre.
- Design Council (2021), Beyond Net Zero – A Systemic Design Approach, Design Council.
- Don Norman and Peter Jan Stappers (2016), “DesignX: complex sociotechnical Systems,” She Ji, 1: 83–106, Elsevier.
- Terry Irwin (2012), “Wicked Problems and the Relationship Triad,” in Grow Small, Think Beautiful: Ideas for a Sustainable World from Schumacher College, ed. Stephan Harding, Floris Books, 232–259